星谷寺へ御来山歓迎


第八番妙法山星谷寺 (星の谷観音) 星の谷観音のホームページ 真言宗大覚寺派
 〒228-0024神奈川県座間市入谷三−三五八三 0462(51)2266  本尊●聖観世音菩薩 開基●行基菩薩 創立●天平年間 住職●三矢弘文

●詠歌●障りなす 迷ひの雲を ふき払ひ 月もろともに 拝む星の谷

法華経読誦の声
 小田急線座間駅で下車、徒歩十分はどで星谷寺 に着く。『風土記稿』に「其地は山叡幽邃にして 清泉せん湲たり、星影水中に映じ、暗夜も白昼の 如なれば土人星谷と呼べり」とあるのは、現在地 より少し離れた所、今そこには「本堂」の地名が 残っている。寺伝によれば天平年間(七二九〜四 九)僧行基が来錫、「見不知森」の中に法華経読 誦の声を聞いた。よく見ると、それは古木の根洞 におわす観音の声であった。このことを「かの法 華経を読みたるは正しく此尊像にてましますかと、 感涙墨染の袖を絞り、土人に対し件の由を告げ玉 へば、老若競い来たりて拝念し頻りに大悲殿を営 構して、感得の霊像を安置し奉る」と『坂東霊場 記』は記している。観世音の尊像が法華経を誦し ていたというこの奇瑞はまことに宗教的な発想で あり、法華経流布につながる開創縁起といえよう。 だからこそ山号を妙法山というのであろう。
 座間市一帯は古墳時代の遺跡が多く、早くから 文化の開けた地域。観音信仰の伝来も容易に受け 入れたものと思われる。それに星影が水中に留ま るという自然の瑞相、一般に池泉の神秘によせる 素朴な伝承は、寺院の開創にとって有力な条件で あり、ここもそれらによって開かれたのである。

撞座一つの梵鐘
 創建より数百年を経て鎌倉時代の兵乱に伽藍の 多くを失い、相模野の野火に観音堂を全焼すると いう悲運を迎えた。その時、本尊は火中より飛び 出し給い、南の方六〇〇メートルはど離れた樹上 に止り、光明を放たれたという。時の住僧理源が 「南方補陀落山は大悲観世音の浄土なり、今や本 尊南の方へ飛移り玉ふは度生有縁の地ならんと即 ち其の地を占て殿堂を中興」(坂東霊場記)した のが今の霊域であるという。この話は信徒が本尊 を火災から守って運び移したことをいうのであっ て、そこにここの観音さまによせる在地の人々の 深い帰依を知る。すなわち旧堂から南の地、今の 場所に本堂が再建されたのである。のちに歴代北 条氏の篤い保護をうけ、永正十六年 (一五一九) 箱根別当領目録には「十一貫五百文、ほしのや寺 ぶん」とみえており、また徳川家康によって座間 郷に寺領の寄進をうけてきた。
 仁王門から境内に入ると右手に沙弥西願によっ て嘉禄三年(一二二七)に勧進鋳造された梵鐘を かけた鐘楼がある。「相州星谷寺、大檀那源朝臣 信網、大工源吉国」 との銘がある。東日本最古の 鐘であるが 「撞座が一つ」 というのがめずらしい。 平安時代の作風をとどめながらも、鎌倉期の形態 をすでに完成しており、各部にせん細な特色をみ せている名鐘といわれている。この鐘によって鎌 倉期のこの寺の繁栄が偲ばれる。
 この鐘と星の井・楠の化石・観音草・不断開花 の桜・咲き分けの椿・根下り紅葉とを合わせて 「七不思議」 というが、乳房のように垂れた老木 が今、本堂の中にあり、これに触れると乳の出が 良くなるという「根下り紅葉」、これなど悲母観音 の誓いに通ずるもので、庶民の願いの純粋さを物 語っている。また「星の井」は夏になると井戸の 内側に草が茂って、それを通す光が星のように水 面に光るのだなどと分析せずに、観音さまの霊異 と受け取りたい。不信の者には見えぬとか。
 江戸から大山まで十八里、徒歩で二日がかり、 享保年間に「大山講」が設けられ、宝暦年間には 約二十万人の参詣を見たというが、その頃、この 星ヵ谷寺も観音巡礼で大いに賑わったものと考え られる。観音さまのお加護で「旅」ができるとい うので民衆は喜んで札所を巡ったことである。

●主な法要行事  一月一日元旦護摩法要 四月十五日 観音例祭 八月十日施餓鬼供養法要 十月十二日薬師 如来例祭
●付近の名所旧跡  鈴鹿明神社 海老名国分寺
●宿泊施設 なし。近く相武台駅付近に旅館あり。
●拝観料 無料。
●納経時間 午前八時〜午後五時(冬期は午後四時三 十分)


 幸せとやすらぎを与える     星谷寺前住職 三矢智光

 巡拝は古く鎌倉時代に始まるといわれ、昔は順拝、順打ちといって順番どおりに巡って行くの がふつうでした。交通の発達した今日では、巡拝、逆打ちなどといって順番どおりでない巡り方 が多くなりましたが、それは一向にかまわないのです。観音信仰は、いうなれば現在の幸福、生 活の豊かさを与えてくれるものですが、際限なく与えてくれるわけではないのです。
 私達は日常生活を営む中で多くの悩みや苦しみを抱えています。仏教ではこの悩み や苦しみを貪瞋癡、それを除くことを抜苦といい、観音さまは苦しみを除くため二求 という二つの望み、願いごとを与えてくださいます。この二求は清浄欲という願(願い) のことで、人の物を盗んでもよいなどという悪い欲望のことではありません。自分で 願をかけると、即身成仏といってこの身のままで仏になる、つまり観音さまと自分が 一体になれ、観音さまの作用が自分に出現するわけです。だからといって、願さえか けるとすぐに叶えられるというのではなく、信仰心を必要とします。観音信仰をすれ ば、その功徳により、幸せ、やすらぎが与えられるということです。
 当寺は、相模の打止め寺として水子供養、安産祈願、商売繁昌、家内安全、就職祈 願などの参詣者が数多く巡拝されています。千羽鶴をあげる人、般若心経をあげる人 もおられ、そうした信仰のあつい人はど、願いも叶い、やすらぎが与えられているの です。

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