長谷寺へ御来山歓迎


第十五番 白岩山 長谷寺(白岩観音) 金峯山修験本宗
〒370-3332 群馬県群馬郡榛名町白岩四四八 0273(43)0349

本尊●十一面観世音菩薩 開基●役ノ行者 創立●文武天皇朱鳥年中 住職●浜名静海
●詠歌●誰も皆な 祈る心は 白岩の 初瀬の誓ひ 頼もしきかな

役ノ行者・僧行基の伝説
 「背の高い美しい姿の像である。両眼はやや伏 目で、両瞼に墨線をいれ、瞳には墨を点じ、唇は 厚手で朱をさし、口もとに墨で髭をあらわし・・・・ 面相は柔和なうちにも、素朴な野趣にあふれ・・・ 木彫像の古い作例で藤原期のもの」と久野健氏が 紹介されているのが、白岩の観音さまとして親し まれている長谷寺の御本尊である。東国における 平安文化の代表作といえる。 『坂東霊場記』には「白岩山長谷寺は役ノ優婆塞 苦行の陳跡なり、十一面観自在の影向、不動明王 湧出の霊窟なり。本尊大悲の像は行基大士他の除 厄のために楊柳の霊樹を以て彫刻し玉ふ」とあり、 そして郷土の高崎氏が檀主となって観音堂を建立 した。高崎氏は四十二歳の厄年を恐れていたが、 ある時、一人の旅僧のために一夜の宿を供した。 そのお礼にと旅僧は役ノ行者のゆかりの地に生え ていた楊柳の木で、大和初瀬の十一面観音を摸し て尊像を造り与えてくれた。その旅僧こそ行基で あったというのである。  役ノ行者ゆかりの地とは、行者が烏川の底から 白い巨岩を運ばせて、ここに修行の場をつくった という伝説のことをいう。これは寺が開かれる場 所の神聖さを示す「磐坐信仰」から出たもので、 この「岩」の存在が大和長谷寺の系列にこの寺を 入らしめたものと思われる。

新長谷寺信仰
 この寺には『長谷寺縁起』を少し簡略にし、仮 名交り文にした室町時代の『上野国群馬郡白岩長 谷寺慈眼院縁起』一軸が伝存するが、これも両寺 の密接なつながりを語るものといえよう。「文政 十三年歳在庚寅春壬正月、修幀願主、木暮林右衛 門義住、下田源八郎智宣」との奥書がある。
 寺伝によれば延暦・大同(七八二〜八一〇)の 頃に伝教大師、弘法大師も来錫し、文徳天皇(八 五一)の御代、在原業平が堂宇を修営したという。 のちに源義家、新田義貞など武将の信仰もあつか った。
 この長谷寺のある所を「白岩」といい、六ヵ坊 の修験が修法していた。新田義貞の挙兵にあたっ て、この修験者たちが坂東八ヵ国に盛んに檄を伝 えたという。また白岩に境を接する里見郷は新田 義貞と共に滅亡した里見一族の本拠地であり、の ちの楠正成の家臣浜名左衛門義尊が遠江国濱名邑 より来たりて諸堂を改修し護った。現山主はその 三十九代目にあたる。
 天文元年(一五三二)上杉憲政が伽藍を整えて から日本三長谷の一つとなった。だが永禄六年 (一五六三)武田信玄の箕輪城攻略の兵火で烏有 に帰した。そこで武田勝頼が世無道上人に命じ、 天正八年(一五八〇)再建させたのが現在の観音 堂である。唐破風をもつ見事な建築である。本堂 向拝に見る彩色をはどこした重厚な彫刻、狩野派 の絵師牧守俊の画く天人奏楽の天井画など、まこ とにすばらしい。因みに「お前立ち本尊」は鎌倉 前期の作。古蒼な仁王門は、この霊場にふさわし い。
 明治の神仏分離の折、ご本尊は祖師堂に移され たが、三十六代山主の妻の「十一面観音さまを観音 堂へ返して欲しい」と、当時の高崎郡役所に日参し た熱心な嘆願でもとに戻ったという。尊い話であ る。やはり寺は在地の人たちの厚い信心によって 護られていくものであることを、この話は教えて いる。

●主な法要行事  新春祈願祭 涅槃会 春分の日春季 彼岸会 花祭 祈園祭 孟蘭盆会 秋分の日秋季彼岸 会
●付近の名所旧跡  箕輪城跡 幕末勘定奉行小栗上野 介の墓 榛名湖 榛名神社 長谷寺守護神白岩白山神 社
●宿泊施設  なし。伊香保温泉旅舘案内所へ紹介。
●拝観料 
●納経時間 午前八時〜午後五時


観音さま 長谷寺住職 浜名静海

 阿弥陀の具現か未来の仏、いずれにせよ現世を救い未来を約す有難きお方、一切の欲から離れ慈悲のみが満ちた観音さまは、たえず仏になるべく努力し苦しむ衆生を助け、仏の教えを信じさせながら苦の底から救ってくださいます。祈る人の心が誠であれば必ず智慧を与え力を貸し、利益、そして楽を与えてくれるのです。
 食べ物を有難くいただく時、コップ一杯の水を感謝の心でいただく時、食べ物も水もみな観音さまなのです。家庭にあっては可愛い子供のために、一心不乱不動で働く母親の姿はまさに観音さまのお姿です。また、重症の患者が心から医者を信頼して見てもらうように、頼る者なら区別なく無限の愛情を注いでくださるのが観音さまです。
 仏の教えは限られた人生を正しく全うすべく説かれた教えで、生活の中で目に見えぬわからぬところで肥しとなり糧となっているのです。
 観音さまは現世における衆生救済の菩薩なのです。

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