水澤寺へ御来山歓迎


第十六番五徳山水澤寺 (水沢観音) 水沢観音のホームページ 天台宗
〒377-0103 群馬県北群馬郡伊香保町水沢二一四−一 0279(72)3619
本尊●千手観世音菩薩 開基●恵灌僧正 創立●推古天皇の朝 住職●山本玄晃
●詠歌●たのみくる 心も清き 水沢の 深き願いを うるぞうれしき

僧恵灌の開創
 水澤寺のすぐ下にはバス停、右の高台には駐車 場があり、参拝には便利な寺。宝暦十四年(一七 六四)の「伊香保道の記」には「上野の国伊香保 なる出湯あみんと思ひ立つ・・・山路に入りゆく限 りなふ遙けき心地す・・・・観世音菩薩立たまふ、関 のこなたにては十阿まり六つの番にあたらせたま ふ御寺とぞ。御堂もこの頃営みはてしなどきらき らしう見ゆ」とあり、往時は困難な路を辿っての 参拝であった。表参道の石段を上る所に水屋があ り、清冽な水が豊かに流れこんでいる。「五徳山」 と水の徳を讃える山号の由来がわかる。そこから 仰ぐ山門の偉容、そして歩一歩石階を踏むと、お のずから心がひきしまってくるが、これが山岳霊 場のよさである。山門の仁王尊の背後には五風十 雨を願う風雷神が祀られており、いかにも上毛地 方の寺という印象をうける。この門の左手に群馬 生まれの詩人山村暮鳥の歌碑が建っている。
 約百段を登りつめると観音堂。南北朝時代成立 の『神道集』によれば、金堂・講堂・常行堂・潅 頂堂・経蔵・鐘楼・多宝塔・全山併せて仏像百八 十体を祀る巨刹であったようだが、火災により焼 失。そのつど再建を重ねて現在のお堂は、大永年 間に仮堂を造り、元禄から天明(一六八八〜一七 八九)に至るまで年々改築を加えてきたものであ る。水沢山(浅間山一一九二メートル)を背にす る朱塗りのお堂は実に見事である。
『縁起』には「推古天皇の朝に当り、上野の国司 高光中将菩提の所となさんがため、奏聞を経、御 勅宣を以て高麗来朝の僧恵灌僧正を南都より請待 し、開山別当と為し、伊香保御前御守持の千手観 世音菩薩を安置し建立する寺なり」とある。そし て「住僧多くして三百余防に及び、上帝叡感有り 勅額寺と定む。御宸毫の額、五徳山水澤寺を賜 ふ」とある。

伊香保姫物語
 ここのご本尊は伊香保姫を妬んだ継母が姫を吾 妻川に沈めようとした時、霊験を表わし救い給い、 やがて高光中将に嫁いで幸せになったという物語 の千手観音さまである。その梗概は履仲天皇の頃、 高野辺左大将家成という公卿が上野国へあること によって流されていたが、北の方との間に若君一 人と姫君三人があった。若君は上洛して左小将に なり、姫たちはそれぞれ淵名の姫・赤城の御前・ 伊香保姫となって成長した。しかし、北の方が亡 くなり家成が後添えを迎え一女を設け、家成は宣 旨を受けて単身上洛するや、継母はこの三人の姫 を殺そうと謀ったのであった。ところが伊香保姫 を淵に沈めようとした時、「赤城山の峯より俄か に黒雲起り風雨烈しく雷電ひらめき鳴り、又河の 中には数万のときの声おこり、兼光が一党是に驚 き前後を亡じて逃退たり、斯る所へ異形の人出て 来り、漫々たる大河をかちわたりし玉ふに、その 渦まく流れ左右にひらき」姫は助かった。「雲中 に声ありて日く、今仮りに人の形を現じて危き汝 が命を助けたりしは、我れ汝に与えし守本尊な り」と、その霊験を『坂東霊場記』は語っている。 いわゆる継子いじめ譚にむすびつけた観音利生の 話である。中世以降のお伽草子流行期に入ってか ら大いにもてはやされたものであり、水澤寺もそ の頃から有名な寺院になっていったのではなかろ うか。この霊験が一般に共感を呼び、七難即滅、 七福即生の「融通観音」としての霊名を高めてい った。
 本堂右手に元禄年間造立の六角輪堂があり、こ の六地蔵を廻して罪障消滅、後生善処を祈る人が 絶えない。「水沢うどん」は有名。半透明に光り、 生イカを思わせる口あたり、まことに美味しい。 これも観音さまからの授りものといえよう。
●主な法要行事  初詣 七草祭 節分会
●付近の名所旧跡  水沢山 船尾滝 万葉植物園
●宿泊施設  なし。近くに伊香保温泉がある。
●拝観料  内陣拝観三〇〇円
●納経時間 午前八時〜午後五時


五徳のこころ 水澤寺住職 山本玄晃

 五徳山水澤寺は、推古天皇の祈願により創立以来千三百有余年、年中お参りの絶えない所です。
 山号、五徳山は、水の五つの徳をたたえたもので、五徳とは一、“常に己れの進路を求めてやまざるは水なり”居着いても止まることなく自分の進路に向かって進みなさい。二、“自ら活動しで他を動かすは水なり”自分から進んで動きなさい。三、“盛害に逢ってその勢力を倍加するのは水なり”障害にぶつかればぶつかった時以上のカをつけて進みなさい。四、“自ら潔くして他の汚濁を洗い而して、清濁併せいるは水なり”怠けないで悪い人も良い人も一緒に連れて行きなさい。五、洋々として大海を充し、発しては雲となり雨と変じ凍っては玲瑞たる氷雪と化して、其の性を失わざるは水なり”長年連れ添った妻を今になってイヤになったというようなことはしてはいけない、の五つで、一切の生命を生かそうとする観音さまのお心から出てきたものです。私は「如何なる国、如何なる所でも一刹那として観世音の光の中にあって世間をみて、目にみえる物、心の感じるもの一つ一つを生かそうと努力する」気持ちが強く、ご本尊をお参りせず去ろうとする人を大声で叱りとばしたことがあります。
 観音さまはいわば自然の声ですから自然にお参りしてほしい。心の向くまま、どんなことでもよい、熱心におがめばよいのです。

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