佐竹寺へ御来山歓迎


第二十二番妙福山佐竹寺 (北向観音)真言宗豊山派
 〒313-0049 茨城県常陸太田市天神林町二四〇四 0294(72)2078
 ●本尊●十一面観世音菩薩  開基●元密上人  創立●寛和元年(九八五) 住職●高橋俊裕
●詠歌●ひとふしに 千代をこめたる 佐竹寺 かすみがくれに 見ゆるむらまつ

元密上人の草創
 常陸太田駅から県道を約二キロ、バスで十分余 り、天神林の台地、佐竹寺の仁王門前に着く。門 には山号を書いた扁額があり、その上に『吾妻 鏡』にその由来を記す五本骨、日の丸絵文の佐竹 氏の陣扁があげられている。
 『坂東霊場記』には「花山法皇の御発願、元密 上人の草創なり。本尊十一面の像は聖徳太子の手 彫、法皇護持の聖躯なり」とあり、それを正暦年 間(九九〇〜九五)のこととしている。もちろん、 伝説であるが、元密上人は花山法皇の坂東巡礼に 従った一行八名の中に名をつらねておられる僧で ある。
 『新編常陸国誌』にも「僧元密の創立する所と いふ、観音堂一宇同地にあり、境内千二十五坪」 とあるが、その所在地ははじめ鶴ガ池のうしろ、 洞崎の峰観音山であった。のち天文十二年(一五 四三)兵火に焼かれ、同十五年佐竹十八代義昭が 佐竹城の鬼門除けとして現在地に再建。北向観音 といわれる所以である。

佐竹氏出世の瑞兆
 元密上人の開基から約二百五十年を経た保延六 年(一一四〇)観賢上人の教えにより、この本尊 に深く帰依した初代佐竹昌義は、居城の鬼門除け として信心をあつくし、武運の隆盛を祈ってはた びたび霊験を得たので、その報謝のため寺領三百 貫文の地を寄進し、佐竹氏代々の祈願寺と定め、 寺観を大いに整えた。
 この寺で昌義が長さ二十尋に一節しかない奇竹 を発見し、これぞ出世の瑞兆なりと感じ源姓を佐 竹に改めたという話がある。庫裡に九〇センチほ どの「一節の竹」が伝存する。この寺はこれより 以後、佐竹氏の興亡とその消長を共にすることに なるが、天正十八年(一五九〇)頃には本堂のほ かに宝蔵・歓喜などの六支院と三ヶ坊を有する大 寺となっていた。
 仁王門を入ると天文十二年(一五四三)建立の 本堂(重文)が正面に建つ。単層、「もこし」付、 寄棟造り、唐破風の見事な建物である。ところど ころに禅宗様式をとり入れているので簡素・剛直 な雰囲気をかもし出している。桃山時代建築の先 駆をなすものとして注目されている。その豪壮と もいうべき観音堂を囲むようにして杉の老樹が境 内をくぎっているので、往来に近い割に自動車の 騒音もそれはどに気にならぬ。参道を進んで堂前 にぬかづくと、時代を経た木造建物特有の枯れた 落ちつきが、心をやすらかにしてくれる。
 堂内に入ると内陣は瓦がしきつめられており、 ひんやりと肌に冷気を感ずる。箔押の来迎柱を立 てた大須弥壇の上に、金箔の跡を留めた家形の厨 子が置かれ、ご本尊が納められている。十字に交 叉した舟肘木が軒桁を支え、繁垂がいかにも美し い線を出している。それに左右の火頭窓が風情を この建物に与えている。
 慶長七年(一六〇二)佐竹氏が秋田へ移封され てから寺門は急速に衰えを見せた。水戸義公が除 地十七石を寄せて保護したが、寺の維持にはかな りの困難がともなった。だが延享年間(一七四四〜 四八)に神崎寺を第一番とする「水戸藩の三十 三札所」が設けられるや、佐竹寺はその第十一番 の札所となり、第十番の村松の如意輪寺から巡っ てくる巡礼と八溝山からくる坂東巡礼者によって 賑わった。しかし明治維新の廃仏毀釈などにより、 寺門は急速に荒廃した。のちに本堂が明治三十九 年特別保護建造物、昭和四年国宝に指定されなが らも無住の寺であった。昭和二十四年 前住職が晋 山、その努力によって漸く寺観も整い今日に至る。
●主な法要行事  一月一日元朝大護摩祈願 二月初午 祈願会 七月十日四万六千日 一万灯祭 毎月十七日縁日護摩修行
●付近の名所旧所  西山荘 水戸借楽園 大洗
●拝観料  無料
●納経時間  夏午前八時〜午後五時、冬午前八時〜午後四時

霊験について 佐竹寺住職 高橋俊裕

 これは「坂東霊場記」にのせてある話ですが、江戸時代のある夏の日のことでした。駿河の国富士曲村の矢作又右衛門が坂東巡礼のとき、もう五、六町で佐竹寺へ着くというところで、折からの炎暑のため路傍に倒れてしまいました。自分はたとえ道芝の露となってもかまわないが、故郷に残してきた年老いた母のことが気にかかって悩んでいました。
 そこで一心に観音さまを念じておりますと、一人の僧が現われ、「十句観音経」を授け、持っていた瓶水を身にそそいで「早く我が寺へ来るべし」と告げて立ち去りました。すると又右衛門の苦しみは洗うが如く去り、佐竹寺へお参りすることができたのです。そして、あの僧こそ佐竹寺のご本尊十一面観音さまの化身であったとますます信心を深めたというのであります。
 このような霊験を語ることは、次元の低い世界の話だなどという人もありますが、それは間違いだと思います。信仰には必ず現証がともないます。ですから私たちはそれをすなおに有難く受けとっていけばよいのです。佐竹氏がこのご本尊さまから煩いた霊験も実に尊いものです。佐竹城の鬼門除け、その故に「北向観音」といわれるご本尊さまを、どうぞ深くご信仰になられ、「厄除け」のご霊験を皆さまもお受けくださるよう祈ってやみません。

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