楽法寺へ御来山歓迎


第二十四番雨引山楽法寺 (雨引観音) 雨引山のホームページ 真言宗豊山派
〒309-1231 茨城県桜川市本木一 0296(58)5009
本尊●延命観世音菩薩  開基●法輪独守居士  創立●用明天皇二年(五八七) 住職●川田聖定
●詠歌●へだてなき 誓をたれも 仰ぐべし 佛の道に 雨引の寺

独守居士の開創
 「雨引かんのん」として知られ「安産」の祈願 をこめる人が多い雨引山阿弥陀院楽法寺は、筑波 連峰の端を占める雨引山の中腹に建つ。山裾まで 来ると黒門があり、そこから石段の上り坂となる。 この薬医門はもと真壁城のもので室町時代の貴重 な遺構である。だが今はほとんどの人がこの旧参 道を見下しながら自動車で仁王門近くの駐車場ま で行ってしまう。享保年間(一七一六〜三六)再 建のこの仁王門をくぐると、左手に見事な曲線を 描く大石垣がある。
 慶長七年(一六〇二)徳川家康は、当寺に寺領 百五十石を寄せ、寺格十万石を与えたがその寺格 を象徴するかの如く実に立派なものである。文政 年間(一八一八〜三〇)幕府の下賜金を得て、当 山住職元盛上人の代に築かれたものである。延長 一〇〇メートル、高さ一三メートルある。さらに 進むと「宿かり椎」があるが、これは応永三年 (一三九六)の火災の折、ご本尊自らがこの木に 難を避けられたとの伝説を語るもの。また開山法 輪独守居士が龍に乗って昇天されたという「龍 杉」、観音像のお袖からしたたり湧き出たと伝え る霊泉など、「二木一水」の霊異がここでは説か れる。まことに深秘な霊場である。この仁王門に 至るまでの表参道の景観は坂東札所の中でも「山 寺」としての絶景であろう。できたら徒歩で登拝 していただきたいものである。
 石段を登りきると松山の稜線を背に観音堂が建 っている。この内陣には木彫一木造り、像高一七 〇センチ、弘仁期(八一〇)の作と伝え、関東造 りとしてはきわめて注目すべきお像といわれる 「延命観音」(旧国宝)さまがおわすのである。 『縁起』によれば用明天皇(五八六)の時、中国 より渡来した法輪独守居士によって開創され、推 古天皇の御悩平癒を祈って効験あり「勅願寺」と なった。まさに古刹である。

安産祈願の霊場
 光明皇后の御産(七三〇)のみぎり、皇后は遥 かに当山に安産を祈らせられて「法華経」を書写 してご奉納になられた(写経は現存)。その効験 があって安産なされたので、三重塔を寄進された。 それから全国に安産祈願の観音として霊名が知れ わたった。
 観音堂は入母屋造り、本瓦葦きの大伽藍であり、 龍頭の彫刻も見事な尾垂など宝永七年(一七一 〇)以来の余香が感じられる建物である。嵯峨天 皇の弘仁十二年(八二一)大旱ばつの折、天皇は 法華経を書写して納め給い、当山の観音さまに降 雨を祈られたところ、三日にわたって満天下に雨 が降ったという。これより「天彦山」の山号を 「雨引山」に改めたといわれる。
 さて建長四年(一二五二)宗尊親王が諸堂を建 立、建武二年(一三三五)足利尊氏が祈願所に指 定、また、これより以前、北條時頼はお前立ち本 尊を納めている。だが応永三年(一三九六)兵火 で多くを失った。その時に当山守護のマタラ神が 住職の吽永を励まして、七日七夜で再建させ、寺 勢をとり戻した話は有名。この故事により毎年四 月にマタラ神祭が行われる。鬼神が破魔矢を参詣 者に授け、鬼たちの踊りが奉納される。
 境内は桜の開花の頃、「関東の吉野」として訪 れる人が多い。

●主な法要行事  正月元旦〜三日正月元旦大護摩供  四月第一日曜日厄除大祭マタラ鬼神祭 四月五日〜二 十日桜祭 五月一日〜十日つつじ祭 五月五日小児成 長野天護摩供 六月十日〜七月二十日アジサイ祭 十 一月十日〜十一月二十日紅葉祭 十一月二十三日護摩 札御焚き上げ
●付近の名所旧跡  あまびき美術舘
●宿泊施設  センター「あまびき」百人収容 一泊 二食付五〇〇〇円、六十歳以上四五〇〇円 休憩可  0296・58・5211、完全予約制
●拝観料  無料
●納経時間  午前八時三十分〜午後五時


延命長寿を授ける延命観音さま 雨引山楽法寺 住職川田聖定

 当山延命観世音菩薩は、今から一千三百余年前の用明天皇二年、梁の人法輪独守居士が請来した仏像であり、特に人の寿命をお守り申し上げることをご誓願とせられる、霊験あらたかな尊い観世音菩薩であります。
 ゆえに当山観世音菩薩を信仰し、日々観世音菩薩のご真言をお唱え申し、至心に祈念する時は、延命観世音菩薩の加持カをこうむることを得て、無病息災にして天寿を全うすることができるといわれているのであります。
 当山にご参詣のお方は必ず仁王門前の百四十五枚の大石段をお登りになりますが、この石段は俗に″厄除け長命の石段″といわれ、ご真言を唱えながらこの石段を登ることにより、長命できると信ぜられております。
 幾百年の長きにわたり、人々の足によってすり減って丸くなった花崗岩の石段の一つ一つに、ご利益の探遠さと延命長寿を祈念した人々の信仰の跡を感ずるものがあります。

第二十五番札所のページへ
地図(クリッカブル・マップ)へ