高蔵寺へ御来山歓迎


第三十番 平野山高蔵寺 (高倉観音) 高倉観音のホームページ  真言宗豊山派
〒292-0812 千葉県木更津市矢那一二四五 0438(52)2675
本尊●正観世音菩薩  開基●徳義上人  創立●不詳(用明天皇の代)  住職●宮寺弘正
●詠歌●はるばると 登りて拝む 高倉や 富士にうつろう 阿裟婆なるらん

徳義上人の感得
 木更津太田山にある「金鈴塚」の遺物保存館か ら旧鎌足村高倉(矢郡)へ約九キロの一本道、山 峡の集落を抜ける頃、左手に木立ちの茂る山が見 えてくる。高蔵寺、通称「高倉観音」である。登 ってみると高くも険しくもないが、樅や杉の巨木 が茂り合い、歴史の古さを思わせる寺である。
 用明天皇の御代、徳義上人がこの地において観 音の宝号を唱えること一日に数千遍の修行をつん でおったが、ある日雷光しきりにおこり、鳴動し てやまなかった。里民はまさに変化のしわざと恐 れをなしたが、上人はこれを妙緑として一人山中 に籠られた。
 雷光の激しさを不思議に思っていると、一人の 老翁が現われ、「上人よ、当山に草舎を結び、永 く国土を守護し、衆生済度のため観音飛来し給え り」と古木を指さして、忽然と消えた。上人が感 動のうちにその梢をみると、そこに四寸ほどのお 身丈の観音像が安置されていたので、里民と共に 堂宇を建立して祀ったと当山の『縁起』が、その 草創を語っている。木の梢から観音さまが現われ るという話に、日本仏教が単に抽象的な学問でな く、野性的なエネルギーをもっていることが知ら れて興味深いと学者はいう。「隣里郷党の者、尊 信せざるなし」とご本尊への在地の人たちの深い 帰依を『縁起』は記しているが、まず観音さまの 霊験は矢那郷の猪長官に現われた。
 四十歳になっても子のないのを嘆いた長官が、 この観音さまに百日参拝の願をかけ祈ったところ 一女を授けられた。長官は大いに喜び、子与観と 名づけた。子与観は心清く、親切ですばらしい娘 になったが、器量があまり・良くないので二十歳を 過ぎても良縁がなく困っていた。そこで再び観音 さまにお祈りして願ったところ、ある夜「鹿島へ 行きて日天を拝せよ」とのお告げをいただき、そ のとおりにして結婚、めでたく男子を得たが、こ れぞ藤原氏の祖「藤原鎌足」であったという。
 「鎌足公観音の弘誓を崇敬し……白雉庚戌七月 廿三日を以て七間四面の本堂、五間四面の阿弥陀 堂、三層の塔、輪蔵、鐘楼、仁王堂」(縁起)を 建立し報謝し奉ったという。のちに僧行基が丈余 の観音像を彫み、その頭部内に梢で感得の尊像を 納めて本尊とした。貞観年間(八五九〜七七)に は慈覚大師が不動・毘沙門の両像を納めたともい う。

高床式建物の本堂
 この高蔵寺の本堂は「構造は壮大にして古朴な る稀に見るべきものなり」と評されている如く、 高床式の特異な建物である。大永六年(一五二 六)藤原時重の建立。重層入母屋造り、床の高さ 一・八メートル、床をささえる柱の数八十八本の 堂々たるものである。享保年間(一七一六〜三 六)に大改修をしたが、中世建築の面影を十分に 残している。ことに斧で削ったままのような、ひ と抱えもある十六角の柱に木匠たちの非凡な腕が うかがえる。「郡誌」によれば、この地に「アサ バ」(密教でいう仏部、蓮華部、金剛部)という 大木があったが、その枝葉が繁茂しすぎて日影を つくり、五穀が実らず大いに因っていた。時に夢 告があり、この樹を伐って伽藍を造り、観音さま をまつるべしとの因縁を喜んで建てたのが、この お堂ともいう。また柱に大小のあるのは一本の大 木だけから造ったためで、終わりの頃「木足ら ず」となり、これを木更津の地名に付会する人も ある。古代文字の刻まれた柱がある。ここは縁結 び、子授けの名刹。堂内に「写し百札所観音像」 が奉安されている。

●主な法要行事   除夜〜新年 除夜の鐘  節分の日節分 会春分の日 春彼岸会   八月十八日 観音大祭   八月二 十四日 施餓鬼会  秋分の日秋彼岸会
●宿泊施設  なし
●拝観料  無料(但し時間外は必要な場合もある)
●納経時間  午前八時〜午後五時


観音信仰=極楽生活 高蔵寺住職 宮寺弘正

 最近は車で来られる方が多くなりましたので駐車場を設けましたが、ちょうど手頃なのでしょぅか、いわゆる暴走族と思われる若者もよくやって来ます。初めは困ったことだと見ておりましたが、お正月にこの者たちが服装を正して観音さまにお参りに来ました。その神妙な姿を見て、やはりこの人たちも心のどこかによりどころを求めているのだなあ、と感じ入りました。
 観音さまは本堂やお厨子の中に安置してありますが、実は私たちのこの世界におられるのです。道を歩いている時、急に自動車が来たら、近くにいる人が「危い」と注意してくださる、それが観音さまのお姿でありお声です。この慈悲の心が観音さまです。観音さまはこの実社会の中に方便をもって現われ、法を説いておられます。こう思うと、誰の言うことも観音さまの声だからよく聞かなければならないということがわかります。ここに気づくことが極楽に入ったことになるのです。周囲に観音さまがおられるのだから悪いことや災難は一切逃れることができるのです。金持ちも貧しい人も、みなこの身このまま観音さまのお膝に乗って安楽に暮らすことができます。こうなったら立腹も喧嘩もすることなく、このまま極楽生活になる これが観音信仰です。
 先生に連れられて来た幼稚園の子供たちが、きちんと手を合わせている姿をよく見かけます。
「ああ勿体ない」と思う次第です。

第三十一番札所のページへ
地図(クリッカブル・マップ)へ