笠森寺へ御来山歓迎


第三十一番 大悲山笠森寺 (笠森観音)天台宗
〒297-0125 千葉県長生郡長南町笠森三〇二 0475(46)0536
本尊●十一面観世音菩薩   開基●伝教大師   創立●延暦三年(七八四)   住職●小川長宏
●詠歌●日はくるる 雨はふる野の 道すがら かかる旅路を たのむかさもり

伝教大師の開基
 札所を順番どおり巡ってくると、この笠森寺に 詣でる頃には、あと二ヶ寺を残すのみとなり、誰 でも何かしら気が引き締まると共に安堵の心を抱 くもの。この霊場には樹齢何百年の杉や楠が亭々 としてそびえ、この恵まれた自然環境に巡礼者の 法悦は一層深まる。外房線の茂原から車で三十分、 バスの終点から数分歩くと参道だが、駐車場脇の 「女人板」の道標に沿って右に折れ、山上へとた どる方が容易。
 しばらく行くと「子授けの楠」があり、これを くぐり抜けると子宝に恵まれるという。いかにも 庶民に親しまれている霊場の発想として、ほほえ ましいものである。やがて「男坂」と合流、さら に登りつめると二天門、それを入ると境内の景観 は一変する。あの有名な四方懸崖造りの本堂が、 もうそこから間近く拝されるからである。これが 二代目広重の「諸国名所百景」の錦絵にも画かれ たお堂である。
 寺伝によれば延暦三年(七八四)伝教大師が東 国巡錫の折、尾野上の山頂に霊光を拝され、楠の 根がたに十一面観音像を感得、楠の木で七尺六寸 の尊像を刻み、開基になられたという。「光明と 楠との縁をとりて大悲山楠光院と題し給へり」と 『縁起』にみえている。楠の木で仏像が造られた という縁起を語る寺は、きまってその創建が古い といわれている。ここもその例にならう古刹であ る。

天下の奇構
 長元元年(一〇二八)後一条天皇の勅命で飛騨 の工匠一条康頼と堀川友成が棟梁となって舞台造 りの本堂を建てた。だが焼失。現在のものは近年 の解体修理の際、安土桃山時代の年号の墨書銘が 発見されたので、その頃の再建ではないかといわ れている。岩丘の上に縦横に架け組まれた束柱の 配列が生む構成実に、木匠のなみなみならぬ腕の さえが感じられる。
 靴をぬぎ七十余段を登ると本堂の廻廊に出る。 ここは高さ三十メートル。眺めはまことにすばら しい。このあたりは房総半島の内陸部丘陵地にあ たるので、もともと人家は少ないが見渡す限り一 軒だに目にとまらぬ大自然そのままの風光である。 この本尊のいます主殿とそれをめぐる廻廊とから なる観音堂に身を置く参詣者は、雲上の浄土にあ る感を抱かずにはおかない。土地の古老の話では 九十九里方面からこの本堂前の杉の梢に「龍灯」 が見られるという。まさに神秘の世界でもある。
 堂内に入るとお手綱に良縁の願いをこめたハン カチや手拭いがどつさり結びつけられており、ご 本尊の利生の豊かさが知られる。このご本尊は十 一面観音としてはめずらしく四ヒのお像であり、 背面腰部に室町時代の仏師慶賛が応永十三年(一 四〇六)彫造したとの墨書がある。楠の一木式寄 木造りであり、この尊に対する地元の人々の信仰 がいかに深いかは、ここでは楠の木を神聖視して 小枝ですらたき木にしないとか。
 岩の上に錫杖をもってお立ちになっているのは 大和長谷寺系統のお姿といえよう。本堂の片隅に 「日蓮上人参籠の間」があり、墨田五郎時光との 対面がここで行なわれ、その時、墨田五郎が最初 の信徒になったと伝えている。『縁起』によれば、 この観世音を信じていた美しい娘が宮中の后に選 ばれ、報恩に伽藍を建てたという。また天正・文 禄・慶長・元和・寛永などの「巡礼札」が残され ており、なかでも天正十年(一五八二)同十三年 のものは坂東札所の貴重な史料である。

●主な法要行事   除夜〜一月七日 修正会  節分会追難 式  春秋彼岸会  四月八日灌仏会  六月四日山家会   八月十三日〜十六日孟蘭盆会  八月二十日施餓鬼会   十一月二十四日霜月会  毎月十七・十八日大般若会
●宿泊施設  なし 近くに笠森保養センター(04 75・46・2381)がある 百五十人収容
●拝観料  大人一〇〇円 小人五〇円 五十人以上団 体割引(一割引)あり
●納経時間  (夏)午前八時〜午後四時三十分 (冬)午前八時〜四時


観音さまのお心を自らの心に・・・・・・  笠森寺住職 小川長宏

 観音さまは仏の位にありながら十仏になってしまうと衆生を救えないということであえて菩薩となっていらっしゃいます。巡礼をされる方々は、この観音さまのお心を自らの心とするように心掛けてほしい。菩薩の道とは一言でいえば「上求下化」ということで、自分は常に道を求めながらそのことによって下を教化する、ということです。ですから、せっかく札所巡りを発心されたからには、姿形だけ白く清浄にするだけでなく、心から清浄になってほしいと思うわけです。
 笠森寺は草深い山の中で何もないところですが、何か心を洗われるものがあるはずです。そのような場所であってほしいと願えばこそみんなが信仰して観音さまをお守りしております。私自身も三百六十五日お供え物とお花を切らしたことはありません。街なかでは当り前のことが、この山中ではなかなか難しいことです。観音さまは生きていらっしゃると思うので、外出した折には必ず観音さまにお土産を買ってまいります。自分が何かお願いするのに何も差し上げないわけにはいかないという気持ちからで、山寺の一和尚が一生懸命に生きている姿を、日々観音さまにご覧いただいているつもりです。
 読経の終わりを「願わくはこの経の功徳をもって遍く一切に及ぼし、我らと衆生とみな仏道を成ぜんことを」と結びますが、拙いお経でどうか衆生が救われますように、と願うが故です。

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